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岐阜新聞 真学塾 経済情報学部㉑ 吉田夏彦 

会社はだれのものか

              岐阜聖徳学園大学経済情報学部教授 𠮷田夏彦

 「企業の社会的責任」という言葉をご存知でしょうか。人によって意味するところは多少異なりますが、一般的には、多くの人々に大きな経済的影響を与える企業は、単に利益を追求するだけでなく、地球環境に配慮するなどといったさまざまな社会的責任を果たすべきであるとする考え方、という意味で用いられることが多いようです。

 私が研究対象としている会社法の分野では、この企業の社会的責任、とりわけ巨大株式会社の社会的責任について、否定的に考える意見と肯定的に考える意見とに分かれています。否定的に考える意見は、株式会社は株主のものであるから、会社は株主のためにより多くの利益を獲得して、それをまず株主に分配すべきであると考えます。一方、肯定的に考える意見は、株式会社は会社を取り巻く多くの利害関係者のことを考えて事業活動を行うべきであると考えます。そして、この考え方の違いは、最終的に、「会社はだれのものか」という議論に行きつくのです。

 しかし、会社は法人です。法人というのは、人間と同じように権利を有したり義務を負ったりすることを、会社法などの法律によって認められた存在のことをいいます。もちろん、法人は人間ではありませんから、結婚などのような人間にだけ認められる権利はありません。そして、奴隷制度が存在していた時代ならいざ知らず、現代において、私たち人間は、決して「だれかのもの」ではありません。それと同じように、法人である会社も、「だれかのもの」であるはずがない、と私は思うのです。

 株式会社の株主は、株主総会における多数決の結果として、その意見が会社の経営に反映されることはあります。だからといって、株式会社が株主のものであるということはできません。ですから、私は、会社が社会的責任を負うべきか否かは、「会社はだれのものか」という観点からではなく、どうしたら会社は存在し続けていけるのか、という観点から議論されるべきではないかと考えています。(2021年8月8日岐阜新聞掲載)