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第38号 平成25年6・7月発行

情報過多社会

河智 義邦

今に始まったことではありませんが、テレビ、雑誌など多くのメディアで、私たちの日頃の生活に関する情報が溢れかえっているように思います。

 とくに健康についての情報は、どれも嘘を言っていることはないと思いますが、情報に迷うこともしばしばです。ある番組では、ちょっとした背中の痛みや腰の痛みでも甘く見てると大病に繋がる危険性があるから、十分に注意しなければいけないといった情報を発信していました。たしかにそういうケースもあるんだろうと見ていましたが、医学の素人からすると、また気の弱いものからすると(他ならぬ私自身のことですが)、そう言われると、日頃寝相や姿勢の悪さでしょちゅう背中が痛くなることがあるので、たちまちに不安になってしまいます。23日で治まることが多いのですが。また、食品についても、ある人は年齢を重ねるとお肉は余り食べない方がよいと言われ、ある人は反対に細胞が元気になるから年を重ねてからは積極的にに肉食した方が良いと言ったことを仰っていました。どっちが正しいんだろう。いずれもそれなりの職と立場の方の見解なので迷います。お肉だけに限った話ではないですが、その種の話はつきません。要はバランスか・・・と勝手に納得していますが。

 さらに、それと違ったレベルにおける生活情報もたくさん溢れています。民間信仰の関連のネタがそれです。家の中ではこんな色遣いをしたら運気が開けるとか、印鑑はちゃんとした物を使わないといけないとか、厄年になったらお払いをしなければいけないとか等々、その手の迷信話も、さも正しいもののように芸能人がテレビで語っていたり、人の不安を煽るようなことを公共の電波を使って流しています。

 生活する上で色々な情報が多いことが悪いわけではないですが、現在はあまりにも情報過多の時代になっているのではないかと思います。その情報の多さや、選択肢の多さが、現在の日本にあって、いまだ占いや呪術信仰が隆盛している理由の一つなのかも知れません。

 ところで、浄土真宗の世界で「妙好人」と呼ばれた人々がいます。

 江戸期から近代にかけて市井に生き、浄土真宗の教えに目ざめ、お念仏の生活を送った人々(門徒)に対する敬称です。

 その中の一人に大阪の物種吉兵衛(1803-1880)という人がいました。大阪の商人で浄土真宗の熱心な門徒でした。

 ある時、吉兵衛さんが近所の井戸掘りを手伝っていると、縁起かつぎのうるさい男がやって来て、「あれまぁ、鬼門に井戸を掘っている。そんなことをしてどうするのや。やめとき、やめとき」と言ったそうです。みな井戸掘りをやめて穴の中から上がってきました。しばらく一服して縁起かつぎが立ち去ると、吉兵衛さんが「さぁ、掘ろうか」と、みなに声をかけました。すると手伝いの一人が「鬼門で中止になったのでは」と尋ねると、吉兵衛さんは「鬼門は帰った」と返事をしたといいます。その後、掘られた井戸からはよい水が出て、その家は何事も起こらず、主人は晩年まで喜んだということです。

 念仏の信心をいただけば、迷信や俗信を恐れる心はなくなります。かといって、いきり立つこともなくなります。「念仏者は無碍の一道なり」と『歎異抄』に述べられていますが、吉兵衛さんのそうした姿に、融通無碍にことに当たる念仏者ののびのびとした見事な生き方が示されているように思います。

 道理に基づいて健康に気をつけ生活していくことは大切です。しかし、世の中には、その道理を見失わせる情報(迷信)が溢れています。確かな人生の依りどころを得たいものです。