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法話 第55号 平成30年2月・平成30年3月発行

自利利他円満の生活

譲 西賢

 今年は、第23回オリンピック冬季競技大会(2018/平昌)が開催され、2月25日閉幕しました。オリンピックというとメダルの数に目が向き、13個という過去最多の数に日本中が元気を貰いました。いつも言われることですが、メダリストもそうでなかった選手も目標に向かって努力されたことは全員が同じように讃えられていいことだと思います。

 そのなかで、女子チームが金メダルを獲ったからいう訳ではありませんが、スピードスケートのチーム・パシュート(team pursuit)と言う競技は、仏教に教えられる人生を具体的に表しているように思えます。パシュートとは、追いかけとか追跡という意味で、3人の選手が先頭を入れ替わって女子なら2400mを滑る競技で、2006年のトリノ大会からオリンピックの正式種目になりました。時速約50キロのスピードで滑りますから、先頭を滑る選手はかなりの風圧を受けて疲労しますが、他の2人の選手の風除けになります。他の2人の選手は、その間先頭の選手の陰に隠れて風を除け体力を温存して滑り、自分が先頭を滑る時は、できるだけスピードが落ちないように滑る競技です。日本の女子チームは、年間300日の共同生活と練習からチームワークを築き上げ、3人がかなり接近してワンラインで、3人の疲労を最小限にして滑り、個の力では3人共日本チームに勝るオランダチームに圧勝しての金メダルでした。

 仏教では、自利・利他という教えがあります。世親(天親)菩薩が、『浄土論』の中で詳しくしておられます。「五種の門ありて漸次に五種の功徳を成就す。知るべし。何ものか五門。一つには近門、二つには大会衆門、三つには宅門、四つには屋門、五つには園林遊戯地門なり。 この五種の門は、初めの四種の門は入の功徳を成就す、第五門は出の功徳を成就せるなり。」と述べられ、親鸞聖人は、それを受けて「菩薩は五種の門を入出して、自利利他の行、成就したまえり。」とまとめておられます。皆さんよくご存じの『正信偈』には、「帰入功徳大宝海 必獲入大会衆数(功徳大宝海に帰入すれば、必ず大会衆の数に入ることを獲。)得至蓮華蔵世界 即証真如法性身(蓮華蔵世界に至ることを得れば、すなわち真如法性の身を証せしむと。遊煩悩林現神通 入生死園示応化(煩悩の林に遊びて神通を現じ、生死の園に入りて応化を示すといえり) 」と表されました。菩薩が仏になるためには、自分が仏になるためにご修行される4つの功徳の門と他の衆生を仏にする回向の門の5種の門があると言われるのです。自分が仏になるための4つの修行の門は自利と言われ、他の衆生を仏にする5番目の回向の門は利他と言われます。この5つからなる自利利他があって目標が成就できると説かれています。

 スピードスケートの選手は、日ごろ練習して早く滑り、スピードが落ちないようにスタミナをつけます。これはまさに自利です。チームパシュートの試合では、先頭の選手の陰に隠れて風を除け、スタミナを温存して、しかも遅れないように滑っているのは自利です。そして、入れ替わって先頭を滑るときは、後ろの2人の選手に風が当たらないように自らが風除けとなって精一杯滑りますから利他です。3人の選手が自利と利他を共に担って交替して滑るのが、チームパシュートという競技です。自利と利他が同時にうまく機能しないとチームパシュートはうまくいきません。

 人生は、この自利と利他が同時にはたらいて成り立っていると思われませんか。毎日懸命に働いておられるお父さんお母さんは、自分が収入を得て、人から認められ昇進するためだけに働いておられる訳ではありません。必ず家族のためであり、税金も納めておられますから、国民のために働いておられ自利利他です。お子さんたちが、勉強や部活で頑張るのは、将来の自分のためだけではありません。その勉強や部活それ自体が、ご両親や祖父母さんの励ましや生きがいになっているのです。見方を換えれば、誰からも力をもらわずに一人で働いたり勉強・練習する人はいませんし、一人で勤労や勉強や練習だけをして誰の力にならない人もいないのです。

 親鸞聖人は、もっとも安定した浄土の世界をご和讃に「自利利他円満して  帰命方便巧荘厳 こころもことばもたえたれば  不可思議尊を帰命せよ」と詠まれました。自分勝手な思い込みや言葉かけによる歪んだ関係ではなく、如来の回向が具体的に生活のなかで機能して、お互いに相互に自分の役割と相手への理解が果たせる世界を「自利利他円満の世界」と親鸞聖人は表現されました。人間は、決して一人では生きられませんし、誰にも影響を与えず役に立っていない人もいないのです。自分のためだけに頑張ることは決してなく、必ず誰かの役に立つし、誰かのお陰で自分が頑張れているということです。

 高齢になられて、「自分は周囲に迷惑をかけるだけで、何の役にも立たないから生きていても仕方ない」と嘆かれる人がおられます。果たしてそうでしょうか。いかなる状態であろうとも自利と利他は同時にはたらいています。私たちは、このいのちの真実を自分勝手な思いや相手への感情に支配されて、見えなくなってしまうことが多いのではないでしょうか。