岐阜聖徳学園大学 岐阜聖徳学園大学短期大学部

岐阜新聞 真学塾 経済情報学部⑫ 城福雅伸  

「裏、日本昔話」のすすめ

岐阜聖徳学園大学経済情報学部 教授  城福雅伸

 日本昔話は、おじいさんは山に柴刈りに、おばあさんは川に洗濯に行きましたで始まります。

 昔は、人々のまわりに自然が広がっていたのだろうと私たちは思いがちです。しかし、かつて江戸時代の京都の風景の木版画に注目した研究者が、どうやら周囲の山々は地肌が見えるくらい荒廃していたのではないか、ということを発表していました。当時は、薪などが生活に必要であるために近くの山々の木々を人々が伐採し、むしろ現代より森林破壊が進んでいたのではないかということでした。

 一人のおじいさんの柴刈りは直接には自然環境を大きく破壊することはないかもしれませんが、多くのおじいさんが柴刈りをすると森林環境を破壊することにつながるでしょうし、多くのおばあさんが一斉に川で洗濯をするとやはり自然環境に影響を与えることになるでしょう。

 日本昔話は、環境問題からはじまるのです...といった話をしたいのではなく、実は昔の日本に環境問題意識があったという「裏、日本昔話」を語りたいのです。

 すでに鎌倉時代に寺院の周囲の森林を伐採することについて、森林破壊は環境破壊になり、環境破壊は環境世界に依存して生存している人類の破滅につながる、そのため寺院の僧侶は身命をかけて森林を守れ、と主張し申し送った僧侶がいます。

 仏教には壊生種戒という樹木の生命を大切にする戒律がありますが、この僧侶は戒律からではなく、仏教の哲学を援用し、人類の生存は環境世界に依存しているため、森林破壊などの環境世界の破壊は人類の滅亡になる、という日本独自の環境問題意識とその宣言をしたのです。

 これはおそらく明確な根拠をもった世界最初の環境問題宣言でしょう。現代の世界に通用する考えをすでに日本人は鎌倉時代に主張していた...これが「裏、日本昔話」です。

 知識人の多くは、日本の伝統や文化を軽んじ、欧米の環境問題意識を先進とし日本は遅れていると非難します。しかし、「裏、日本昔話」を知っていれば、そのようなことを言えないことがわかり、むしろ世界に先がけて貢献できる宣言や提言ができたはずです。

 すでに鎌倉時代に日本人は哲学的な見地から世界最初ともいえる環境問題意識、自然保護を主張していたのです。知識人の日本文化を軽蔑し忘却する姿勢はせっかく世界に先がけて世界のために生かせたはずの祖先や先達の財産を自ら破壊し捨て去っているのです。(2021.5.6岐阜新聞掲載)